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市古 斉史 Masashi Ichifuru (a.k.a : ダミアーノ・イチゴ) 1976年東京生まれ。グラフィックデザイナー兼サイクルオタ。人生初自転車は幼稚園時代の目が光るウルトラマンの顔がついた補助輪付き。父親に調布・深大寺までの往復20キロほどのサイクリングに連れて行かれた。マジ疲れた。小学生になり補助輪を外してみたが全く乗りこなせず、その後数年は自分の足で走った。でも足は速くならなかった。映画『ET』による空前のBMXブーム到来。近くの自転車屋に飾ってあった真っ白のBMXが欲しかった。ギアがついていないからと言う理由で父親から却下され、3段ギア付きのBMXとデコチャリを足して2で割った様な不思議な自転車を与えられた。タイヤとグリップをよりワイルドに変更しカスタマイズを楽しんだ。最後は可能な限り分解して、そのまま粗大ゴミとなった。中学時代はMTBブーム。当時はATBとも言った。親に無理を言ってスコットの立派なMTBを買ってもらった。美しいエメラルドグリーンの塗装に、コンポはディオーレだった。シマノ初のMTBコンポだった。当時MTBを持っていた数少ない仲間と狭山界隈で暴走。群馬まで100km以上のツーリングにも出かけた。高校時代には進路もろくに考えず、高尾山で暴走。ヘルメットもサスもなかった。クラインやキャノンデールを夢見つつも、現実路線でパナソニックのクロモリオーダーメイドをバイト代で購入した。シフターとディレイラーは贅沢にも初代XTRで重量は10キロ台の超軽量モデルだった。しかし購入後半年で盗難に遭い、心に深い傷を負った。それから数年間、自転車の事は忘れた。いつしかTGBを結成し、事務所までの片道12キロの通勤をママチャリでするようになった。嫁用に英国の折りたたみチャリであるブロンプトンを購入した事がきっかけで自転車ブームが再熱。それからほどなくしてコメンサルのスーパーノーマルという真っ白のMTBを通勤用に買った。ようやく誰にも文句を言われず、真っ白の自転車を買う事が出来た。ああ感無量。しばらくは街乗りオンリーだったが、いつしか里山ライドに目覚め、森の中でマイナスイオンシャワーな週末をおくる様になる。体重は減り、風邪を引かなくなった。その後はロードにも興味が沸き、友人のパナソニックのクロモリロードを譲り受けレストアをして乗り回した。最近はカーボンが大ブームだというのに男気あふれるエディ・メルクスのフルアルミロードを購入。アルミならではの高剛性なフレームに大満足。そのフレームは仲間からウルトラマンカラーと呼ばれた。原点に戻った。今では平日はローラー台でトレーニング、週末は100〜140キロほど乗り回す。ピチピチのレーサージャージでコンビニに入るのも恥ずかしくなくなった。すね毛を剃るのも身だしなみ。どこまでもモテないスポーツだ。もう後戻りは出来ないのである。 |
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